のんびりまったりザンビア日記

青年海外協力隊 / ザンビア / アフリカ / コミュニティ開発 / 保健医療 / 村でのくらし。

「役に立つ」ということ


f:id:mwenya369:20191019220142j:image

我が家の前の日常

 

Mulishani mowane?(ランバ語で"How are you?")

こんにちは!

またまたご無沙汰しています、mwenyaです。

 

身内の不幸があり、9月末〜10月半ばまで日本に一時帰国をしていました。

感じたことも得たことも盛りだくさんで、喪中とはいえとっても有意義な一時帰国になりました。またこれについても書きます。

 

ある違和感

ところで、ザンビアに戻ってきてすぐ、

ザンビア大学に留学中(すごい!)という日本人大学生と話す機会がありました。

 

その子は首都ルサカに住んでいて、都会にあるキャンパスの研究室で毎日研究に没頭中。

私は昔ながらの生活が残る超田舎に住んでいるよ、と話したところ、こう言われました。

 

「いいなあ、そっちの方が役に立てそう」

 

 

………ん、

「役に立て」そう?

 

 

この時、なぜかこの言葉に強い違和感を覚えたんです。

 

そりゃあ私も元々、少なからず人の役に立ちたいという気持ちがあって国際協力を目指したはず。

なのになぜ、「役に立つ」というワードがひっかかったのか。

 

この時は違和感の理由が分かりませんでしたが、今日ふと気付きました。

 

…そうだ。

 

きっとこれは、「役に立つ」っていう、一方通行の行為じゃない。

必ず相手と双方向の行為だからだ。

 

 

孤独との闘い

急遽日本に一時帰国することになった直前の時期、実は一人で悶々としていました。

 

普段村を中心に活動していてヘルスセンター内で仕事をすることが少ないために、スタッフから仕事をしてないのではと疑われている気がする。

 

会議など公務のためにしょっちゅう首都ルサカに上がっていることを、なかなか村の外に出られない同僚たちから妬まれている気がする。

 

コミュニティボランティアさんの意識を変えてもらおうとワークショップを開催しても、いまいち響いている実感がない。

 

協力者として仲良くやっていたつもりのザンビアのNGOスタッフから、ぞんざいに扱われている気がする。

 

…等々、色々勝手に考えて孤独を感じていたのですが、

要は

「自分が人々から受け入れられてないのではないか、良く思われてないのではないか」

という不安にかられていたのでした。

 

でも今回、3週間ほど任地を離れて戻ってきたところ。

 

私の不安だった気持ちを打ち消すかのように、同僚やコミュニティボランティアさんがとっても嬉しい反応をしてくれました。

 

カウンターパート(仕事の相棒)"I missed you veeery much!!"

 

隣の家の同僚「Mwenya〜!! ハグして〜♡!!」

 

コミュニティボランティア「(わざわざ電話をくれて)ザンビアにいつ帰ってくるの?もう帰ってきてる?!嬉しい♡!」

 

ザンビアNGOスタッフ「良い帰国になったみたいだね、本当によかった!」

 

そして戻ってきた直後にヘルスセンターのスタッフだけで企画されたちょっとした避暑旅行で、何人もの同僚が「一緒にやろう!」「楽しんでる?」と、私を沢山気遣ってくれました。

 

結局、私が一人悩んでいたのはただの取り越し苦労で、皆私を仲間として大切に想ってくれていたことを実感したのでした。

 

 

「役に立つ」ということ

そして改めて思うこと。

 

「人の役に立つ」って、相手との信頼関係がなければきっと成り立たない。

 

例えば仮に私がこの村に降り立った初日だとして、

ヘルスセンタースタッフやコミュニティボランティアに「こうした方がいいよ」「これをやってみようよ」と提案したとする。

 

彼らはうんうんと頷いて表面は提案通りに動いているように見せたとしても、

心のうちでは「よく理解できないけど、言うとおりにしていればタダ飯がもらえるかもしれないから従っておこう」と思っていて、

私が去った途端にその行動を止めるだろうと思います。

 

でも例えば提案した人が昔から仲良くしている仲間で、

自分のやりたいことや気持ちを色々分かった上で、自分のためになると思って提案してくれていると分かっていたなら、

多少は真面目に聞いてみようかな、という気持ちが生まれると思うのです。

 

そして「信頼関係を築く」って、きっと自分が一方的に相手に何かをしようと思って行動しても成し得ないこと。

 

相手を頼り、相手に助けられ、そして自分も相手が困ったときに手を差し伸べる。

 

その「頼り、頼られる」の積み重ねがあってこそ、信頼関係が築き上げられるのではないか。

 

そんなことを、任地セントアントニーに来て半年経ってからようやく気付き始めました。

 

きっと、「役に立つ」のではなく、「支え合う」という感覚。

 

だからこそ、これからはどんな状況でも

「一人で行動する」「一人で抱え込む」ことはやめて、

私を想ってくれているこの村の仲間達に存分に甘えていこうと思います。

 

この村にいられるのはあと約1年3ヶ月。

将来のこととか色々考えてしまうことはあるけれど、まずは目の前のことに集中して、

時々ゆるくお茶でも飲みながら頑張ろうと思います!

 


f:id:mwenya369:20191019220301j:image