ねだることとあげること
Mwashibukeni! (朝の"How are you?"≒おはよう)
ただいま首都ルサカに向かうバスの中です。
明日ちょっとしたイベントがあるのでわくわくしています!(追ってブログ書きますね)
今回は備忘録的に、あることについてのいくつかのエピソードを書きます。
それは、ザンビアに来て一番理解に苦しんでいること…
「おねだり」についての価値観の違いです。
エピソード①お金ちょうだい
先日書いた、「はじめての栄養教室」の会場である村に向かって歩いていたときの1コマ。
途中、何度か来たことのある集落を通った。
集落の男性たちが集まって話していたので、いつものように軽く挨拶だけして通り過ぎようとした。
するといきなり1人の男性に
"I'm angry!!(怒ってるぞ!)"
と大声で呼び止められた。
えっ何々?なんで怒ってるの??
と思って近づいてよくよく聞いてみると、
"I'm hungry!!(お腹すいた!)“
だった。
要は、貧乏でお腹がすいたから食べ物かお金をくれ、ということらしい。
その男性だけでなく、そばにいたおばあちゃんからも言われた(このおばあちゃんに関しては何度かヘルスセンターに来たときもお金をねだられていた)。
あぁ、私何度もここを通って現地語で挨拶もしているのに、この人たちは私をただの「お金ありそうな外国人」としか見ていないんだな…と悲しくなった。
まあでも、私のことをよく知らないザンビア人に何かねだられるのはいつものこと。
ザンビア人が外国人に何かをねだる習慣をつくってしまったのは、きっと今までザンビアを援助漬けにしてきた私達外国人の責任でもあるのだから、ある程度しょうがないのだろう。
そう思って、それ以上は深く考えずにその場を去った。
エピソード②お礼ちょうだい
村での栄養教室が無事に終わり、村のお母さん達がクッキングデモンストレーションで作ってくれたおかずとシマ(ザンビア人の主食)を頂いた。
お母さん達が作ってくれた料理はとても美味しくて、何度かお礼を言った。
すると一人のお母さんがすごくニコニコしてくれて、感謝の気持ちが伝わったのだと嬉しくなった。
そして全てのプログラムを終え、もう一度お礼を言いながら立ち去ろうとしたとき、あのお母さんがニコニコしながら呼び止めてきた。
何か言っているみたいだけど、現地語でよくわからない。
何度か「分からない」のジェスチャーをすると、そのお母さんが相変わらずニコニコしながら、腰に巻いたチテンゲ(スカート代わりの布)の破れている裾を指差した。
あっ…そういうことか…
おそらく
「チテンゲが破れちゃったけどお金がなくて買えないの。新しいチテンゲを買ってくれない?」
というメッセージらしい。
これも朝通りすぎた「お腹すいた」の男性と同じおねだりなのだけれど、
今度は
「お金持ってそうな外国人だから欲しい」
ではなくて
「今日ご飯を作ったお礼に欲しい」
という意味合いに思えて、
不思議とそこまで悲しい気持ちにならなかった。
そこから、
私は村人に「○○が欲しい」と言われたこと自体が悲しかったのではなくて、
私が友達として同じ目線になりたいと思っていたのに、向こうから「外国人」として線引きされたことが悲しかったのだな、
と感じた。
エピソード③お土産ちょうだい
栄養教室開催の後、先輩隊員の活動見学と同期隊員とのヴィクトリアの滝観光のために、ザンビア南部のカズングラ・リビングストンに行った。
(どちらも素晴らしいところだった…追ってブログにも書きたい)
そして1週間以上不在にしたのち帰路についていると、途中の街で同僚(家が隣)とたまたま帰るタイミングが合ったので、タクシーに乗り合わせて任地セント・アントニーへ向かった。
タクシーの中で南部旅行の話をひとしきりしていると、運転手から言われた。
「それで、mwenyaはご近所さんに何を持ってきたの?(What did you bring to your neighbor?)」
これはつまり、ご近所さんへのお土産は何か、ということ。
これまでも何度か出張帰りに、近所に住む教会のシスターに「私のために何を持ってきてくれたの?」と言われたことはあった。
そのときは「え?何故?」という感じだったけれど、
今回のように第三者にも言われるということは、おそらくザンビアにはお土産の習慣があるのだろう(私自身はお土産をもらったことは一度もないけれど…)。
そういえば私も大学時代のバイト先や会社員時代の職場に、長期旅行にいく度に当然のようにお土産を買ってきていた。むしろお土産を買うことを楽しみにさえしていた。
だからよく考えてみれば、ご近所さんである同僚たちにお土産を配ることは普通のことなのかもしれない。
ただ、お土産を「もらう側」から要求するかしないかの違いだ。
そこで、買ったものを渡すのは気が引けるので(金持ちと思われたくない)、自分でお菓子をつくって配ることにした。
家にあったありったけの材料で
スコーンと
バナナのパウンドケーキをつくって
ラッピングして渡した。
すると、
In charge(院長)
"Mwenya!! You are nice!!!(満面の笑み)"
同僚
"Woow Mwenya〜〜!! Thank you🖤(投げキッス)"
と、皆思った以上に驚いてものすごく喜んでくれた。
その笑顔があまりに可愛くて、くすぐったいような嬉しい気持ちになった。
「あぁ…なんで今まで何もあげてこなかったんだろう。こんなに喜んでくれるなら、もっと早くあげればよかった。」
素直にそう思えた。
多分、日本で友達にプレゼントをあげたときや、親しい同僚にお土産をあげたときと、同じ気持ちになれた。
エピソード④服ちょうだい
そして今週。
夕飯時、近所に住むCHAと呼ばれる実習生達の家に、シマ作りを習うという名目で遊びに行った。
(CHAについては「はじめての栄養教室」参照)
特にCHAの女の子達とは仲良くしてもらっているので、先日も同僚たちと同じパウンドケーキをお土産としてプレゼントしていた。
シマを作っている様子。固まってくるとけっこう力が要る
そしてシマを作りながら楽しい一時を過ごした後、送るよと言ってくれたので皆で私の家に向かって歩いていた。
すると女の子の一人から、「ねえねえちょっと」と腕を組まれ、皆の輪をはずれて内緒話をされた。
「Mwenyaのはいてるズボンすごく良いよね、私にくれない?」
私に対するおねだり作戦だった。
しぶっていると、
今度は「髪の毛切ったらウィッグにして私にちょうだい?」と違う角度でおねだりしてきた。
(※ザンビア人女性はストレートヘアが羨ましいらしい。今までも色々な人から同じことを言われた)
なんだかとても複雑な気持ちになった。
これは友達としての親しさ故のおねだりなのか、
それとも単にモノをくれそうな外国人への要求なのか。
人懐っこそうな彼女の表情からはそれが読み取れなかった。
おねだりの習慣
日本では、赤の他人はもちろん親しい友達にも何かをねだる習慣は少ない。
おねだりするとしても、親やパートナーなど極めて身内に近い人に対してだけだ。
何かプレゼントが欲しいとしても、それを人にストレートに要求するのは「恥ずかしいこと」とされ、相手が自主的にくれるのを待つか、せいぜい遠回しに「あれいいな~」とアピールするくらいだ。
ところがここはザンビア。
笑うも怒るも泣くも喜ぶも、感情表現がオープンで気持ちもはっきり相手に伝える国民性だ。
もしかしたらザンビア人同士でも、何か欲しいと自分の欲求を素直に伝えることは自然なことなのかもしれない。
そう思うと、ますます女の子のおねだりの意図が分からなくなる。
ザンビア人を理解したい、普通の友達として仲良くしたい。
だからこそ日々ザンビア人の「普通」が分からずに悩む。
まだまだ考えがまとまっていないけれど、
これからもこの「おねだり」とは付き合っていくことになりそう。
ザンビア人の考えと自分の気持ちをじっくり観察していきたい。